2003年度全国大会

大会名称 第23回本田宗一郎杯Hondaエコノパワー燃費競技全国大会
日時 2003年9月20日、21日
場所 栃木県茂木町 ツインリンクもてぎ スーパースピードウエイ
EG号 記録 395.935km/L
順位

グループW(大学・短大・高専・専門学校クラス) エントリー134台中24位

2003年度は、車体とカウルは前年度のままとし、圧縮比の向上、吸気バルブ休止機構及び後輪クラッチ機構のソレノイド化などの改良に取り組みました。また、前年度に開発した総合電子制御回路及び電動ポンプによる潤滑方式も改良した上で採用しました。

エンジン関係の変更を伴うため、その調整には時間がかかることが予想され、早めの完成が望まれたのですが・・・。

八戸港ポートアイランドにおける初の走行練習は、ようやく8月19日。以来、計6回の走行練習を行ったが、うち3回は雨にたたられた。結局、実験しなければならない条件全てのデータを取ることはできず、前年度よりは確実に良くなってはいるものの、マシンのポテンシャルを最大限に引き出す条件までは見出せないまま、全国大会を迎えることになった。

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大会前日の9月19日、2時間目まで前期末試験を受験した後、全国大会へと出発。

八戸駅で、前年12月に開業した東北新幹線「はやて」号をバックに記念撮影。散々雨にたたられてきてこの日も雨。大会当日の天気予報も雨とあって、笑顔の中にも不安がよぎる。

いよいよ大会初日。

台風接近の報が流れる中、朝から雨。車検前の整備も、雨対策が中心。

車検場は雨のため大渋滞。雨に打たれながら静かに待つ。
1時間以上待ってようやく車検。ブレーキテストも無事合格。

「キャリパーブレーキだったら危なかったなあ。去年、Vブレーキに換装しておいて良かった」

ウォームアップ走行に備えて、スタート前待機エリアへ。雨の勢いは止まず、不安がつのる。

実際、その不安は的中し、2周目の途中で、視界不良のため、他チームのマシンの側面に接触してリタイア。私たちのマシンは幸いカウルの一部にひびが入ったぐらいのダメージで済んだが、ぶつけた相手はどうだったのだろう。接触事故の後、相手はそのまま走り去って行ったということだが、大事に至っていなければ良いがと祈ることしかできない。なにしろ、ぶつけた相手を確認すらできない状態だったため、後で謝罪に出向いて、ダメージを確認することすらできなかったのだ。

相手チームの皆さん、本当にごめんなさい。

初参加以来、「自分たちがリタイアするのは仕方がないとしても、絶対に他チームに迷惑をかけるな」を合言葉としてきただけに、初の接触事故はショックだった。

リタイアしたマシンの回収を終えると、さっそく、午後の公式練習に備えて、キャノピーの曇り対策を開始。

キャノピーに通気口を開ける。また、OB氏が近くのホームセンターで買ってきてくれた曇り止め剤を塗布する。この曇り止め剤の効果は絶大で、公式練習に出場することを決める。
そして、公式練習。スタート前の燃料微調整を受ける。
スタートラインに向かう。幸い、雨脚は弱まってきた。
ハラハラ、ドキドキしながら周回していくマシンを見守る。
無事ゴールして安堵のため息。
しかし、走り終えたドライバーの話しを聞いて愕然。何と、スタート直後、37km/hまで加速したところで、ハンドルが震え出し、いったんブレーキをかけて停止するというトラブルがあったという。その原因は、トーアウトになっていたため。午前中のウォームアップ走行で接触事故を起こした際に、アライメントが狂っていたらしい。雨対策に追われて、アライメントの確認を怠っていたとは、情けない限り。

結局、こうしたトラブルに雨の影響も重なって、記録は422km/Lにとどまる。

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それはともかく、恒例の記念撮影。
ピットに戻ると、翌日に備えて各部の点検整備。
点火プラグが真っ黒だったので、シリンダヘッドを開けてみると、やはりピストンやバルブも黒かった雨のためエンジンが冷えすぎてしまったことが原因と思われたが、断熱材を持ってくるのを忘れたため、打つ手はない。

なお、ピストンの上半分が黒くなっているが、これはヘッドを外す際にオイルが漏れたためと思われた。しかし、大会後の調査で、排気バルブのオイルシールが傷んでおり、ここから排気ポートに漏れたオイルが、排気バルブ開口時にシリンダ内に浸入したものとわかった。

そして、大会2日目の朝。

台風の接近に伴って、雨は一層ひどくなり、出走前のチェックや打ち合わせもより入念になる。

防水仕様になっていなかった電子制御回路を、ビニール袋に包む。

「大丈夫なのかなあ」

そして、スタート前チェックに向かう。
スタート前チェックを待つ間も、雨脚が弱まる気配はない。
いよいよ決勝スタート。
序盤はエンジンが吹け上がらず、平均時速25km/hの規定をクリアできるか、ぎりぎりの状態が続く。

他チームのスリップ事故等も目の当たりにし、ひたすら無事規定時間内に完走することを祈るのみ。

幸い後半になってエンジンが持ち直し、規定時間内にゴール。
走行後の燃料タンクの取り外しを待つドライバー。その表情がいかに過酷なレースだったかを物語る。

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OB各氏を交えて、再び記念撮影。何とか完走できた喜びが表情に溢れている。

これで初出場以来、11年連続で完走。燃費記録自体は、まだまだトップチームに程遠い私たちのチームだが、この連続完走記録は密かな誇りである。

ピットに戻ってドライバーの報告を受ける。走行中特段のトラブルはなかったようだが、マシンを調べてみると、電子回路が入ったケース内に雨が浸入しているなど、よく完走できたと思わざるを得ない状況だった。

記録は395km/L。チーム記録更新をほぼ確信して大会に臨んだだけに、落胆も大きかった。しかし、私たちが参加したグループWでは規定時間内での完走率が40%程度にとどまり、しかも、前日に接触事故を起こしたことも考え合わせると、よくやったと言える結果だった。いままで順位など気にしたことはなかったが、前年の41位から24位に躍進したことだし・・・。

こうして私たちの今年のトライは幕を閉じました。年に一度しか自分達の実力を試すことができないのに、その大会が雨になるとはと天を恨む気持ちもありました。しかし、このところ大会時のトラブルが少なく、完走することの難しさを知らない部員たちにはいい経験になったようです。そして、11年連続完走という記録の重みも実感できたようでした。

ただし、運もあったにせよ、完走できたのは部員たちの整備力なしには不可能でした。再三の雨中の練習と、その度ごとの整備。それが彼らの整備力を我が部始まって以来最高とも言うべき水準に押し上げ、完走という結果につながったことは否めません。2年前までは、大会時にトラブルがあっても、へたに分解して原因を調べようとすると、かえってまともに組み立てられなくなることが危惧され、傍観さぜるを得なかったことからすると、まさに隔世の感がありました。

大会時にご協力いただいたOBの皆さん、ありがとうございました。